スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


私のじぃちゃん

じぃちゃんが亡くなった
その知らせがきたのは丁度一週間前
23日の朝6時17分だった


その前日の夜から、私は何故か寝付けず、
布団のなかでずっと起きていた
今思うとむしの知らせってやつかもしれない。



私はじぃちゃんを大好きだったし
じぃちゃんも私を好きだった

じぃちゃんが亡くなったなんて信じられなかった
悲しくなかった
ただ衝撃でしばらく動けなかった



はっ!として
お姉ちゃんを叩き起こした
「お姉ちゃん!起きて。起きて。じぃちゃんが亡くなった」
お姉ちゃんもボーっとしていた



私はとりあえず、服を着替えて、洗い物をして
しばらく留守にしても良いように
しなければいけないことをした



ふと見るとお姉ちゃんが泣いていた
泣いているのが分からなかった
私は悲しくなかった



二人であわただしく、じぃちゃんの家にいった。
じぃちゃんの遺体が帰ってきていた。
手を合わせたが
まだ生きているみたいに綺麗な寝顔だった。



その日は葬儀屋さんや親戚がバタバタとやってきた。
お茶を出したり
買い出しをしたり
私自身もバタバタしているあいだに1日は過ぎた。


夜になってお坊さんが来て
枕経を読んだ
「最近では、枕経の時点でこんなに人が集まるのは珍しいですね。
枕経では二、三人、通夜でこれくらいということも多いです。」

じぃちゃんを誇りに感じた。
私のじぃちゃんは皆から愛されていたから。



2日目の朝
翌日が友引ということで葬儀が出来ないので
じぃちゃんはまだ家にいた。
近い親戚が集まって話し合いをしていた。



いとこもお姉ちゃんもじぃちゃんの側で、
目を真っ赤に腫らしていた。
私は階段からその姿をみていた。



親戚にお茶を出す以外には
大半を階段に座って過ごした
ちょうど柱の影であまり人に話し掛けられなかった。
誰とも話したくなかった
私はまだ一度も涙を流していなかった。
やっぱり私は無情なのかなと思った。
悲しいという気持ちが理解出来なかった。



昼過ぎになってじいちゃんを葬儀会館に連れていって湯灌をした。
お風呂に横たわるじいちゃんは、やっぱり生きているみたいだった。
1ヶ月、病院でお風呂に入れなかったから
とても気持ち良さそうだった。


その後、葬儀会館の控え室にじいちゃんは運ばれた。
じぃちゃんを取り囲んで、皆が合掌した。
何を思って良いのか分からなくて、
私の合掌は空っぽだった。


夜も更けて大分たってから
家に帰って、私は一人で寝た。


その日の夜、うつらうつらしながら夢をみた。
夢にはじぃちゃんとばぁちゃんが居た。
じぃちゃんの家の和室に二人が座っていて、真ん中に私が座っていた。
じぃちゃんは好きだった焼酎を呑みながら言った。
「今年は良い正月じゃったなぁ。ばぁちゃん」

それからじぃちゃんが
「出かけてくるわ」と言って立ち上がった。

ばぁちゃんと私はじぃちゃんを玄関で見送った。
見送りながら私は泣いていた。


そこで目が覚めた。
私は頭の下にひいたタオルが濡れるくらい泣いていた。
じぃちゃんが死んでから、はじめて号泣した。


3日目の朝は
部屋の掃除をしながら布団やさんを待った。
私達の部屋に親戚が泊まる予定になっていたからだ。
ゆっくりゆっくり時間が過ぎた。
いつまで待っても布団やさんが来なかったのでイライラした。
よく時計をみたら、まだ九時な訳で、仕方がなかった。
10時過ぎに布団やさんがやっときた。



一旦じぃちゃんの家に寄ってから、お母さんと葬儀会館に行った。
ようやく人に話し掛けられるのが苦痛じゃなくなっていた。



この日はお通夜で、棺にじぃちゃんを入れる日だった。
棺にじぃちゃんを入れるとき
「手を握れる最後の日です」
葬儀やさんが言った
自然と涙が溢れた
はじめて、じぃちゃんがいってしまったと思った。
じぃちゃんはもういない。
でも、じぃちゃんは手を触れられる場所にいる
不思議な感覚に戸惑った。


お通夜の間も不思議な感覚は続いた。
じぃちゃんのお通夜なのは理解しているのに
他人のお通夜でお経をきいているみたいだった。
やっぱり涙は出なかった。
「私って薄情だなぁ」とずっと思っていた。


夜10時を回ると、帰る親戚が増えて、人が少なくなった。
皆が控え室に引き上げたので
式場にはじぃちゃんと二人きりになった。
じぃちゃんの祭壇を眺めながら、じぃちゃんとの思い出を回想した。


棺の窓を開けると、お花に囲まれてじぃちゃんは眠っていた。
涙が溢れた。



お母さんは、お父さんが死んだ
ばぁちゃんは、連れ添いを失った

なのに、お母さんは親戚を車で送るのにバタバタ
ばぁちゃんは、家族や親戚に心配させまいと凛としていた。



こんなところで一人で泣くのは卑怯だと思った。
だから、棺の窓を閉じて、式場の柱に隠れて立った。
誰にも見つかりたくなかった。
控え室に戻れ、家に帰れと言われたくなかった。
私を心配した人が話し掛けるのも嫌だった。
じぃちゃんと二人で居たかった。


しばらくたって、声が聞こえた。
「あんた、ココに居たん?」
お姉ちゃんに見つかった。
時計をみたら11時半を回っていた。
1時間半以上もココに居たんだ。気が付かなかった。

12時を回った頃に
ようやく親戚を送り届けたお母さんが帰ってきた。
早く帰るようにお父さんが言った。
そんなお父さんが疎ましかった。
でも、仕方がないのでお母さんの車で、親戚のおばさんとお姉ちゃんと家に帰った。

3時ごろに4人とも眠りについた。
目が覚めると6時だった。
夢はみなかった。


4日目はお葬式とお骨上げだった。
相変わらず私は、お経をきいてる間、他人のお葬式にきているみたいだった。
隣の人が泣こうが、すすり泣く声が聞こえようが
私の目には涙ひとつ流れなかった。

でも、じいちゃんの棺にじいちゃんの一番好きだった焼酎「紅乙女」を入れてあげるとき
糸が切れたみたいに涙が込み上げた。
「何か言ってあげなさい」おじちゃんが私に言ったが
「じぃちゃん・・・」私はそう言ったきり何も言えなかった。

「ありがとう」
「大好き」
「おやすみ」
「いってらっしゃい」
「これからも見守ってね」

どんな言葉も足りないと思った。


私はじぃちゃんが大好きだったし
ここにいる皆もじぃちゃんを心から慕っていた。
そして、じぃちゃんも皆が好きだった。
ぐるっと式場を見回して
私はやっぱりじぃちゃんを誇りに思った。


火葬場に向かうバスの中でお姉ちゃんが隣に座った。
お姉ちゃんは黙ったままだった。
私も一言も声を出さなかった。
というか、「意外と暑いなぁ」ということ以外何も考えていなかった。

-----------------------------------------------------------------

じぃちゃんがいってしまって1週間後の今日は
皆が仏壇を買いに行く予定の日だった。
前日からなんとなく「行きたくない」と私は思っていた。
朝になってその気持ちが強くなった。
私は「真言宗のお経の本を買いに行く」と理由を探して
朝9時過ぎに家を出た。



神戸でプラプラしながら10時まで時間をつぶした。
それからジュンク堂で真言宗の本を買った。
時間がまだまだあったのでこの日記を途中まで書いた。


14時近くになって、そろそろ皆は出かけただろうなと思って電車に乗った。
実家に帰ってきて、この日記を書き終えようとしている。


皆と一緒に仏壇を買いに行かなかったことを少し後悔している。
じぃちゃんに出来る最後の孝行なのだから
しっかりお参りしようと思った。
そして小さくなったばぁちゃんを大切にしようと思う。

スポンサーサイト

いつからやろぅ

いつからなんやろう
ひとを大切に思うっていうことと、
好きっていう気持ちが、イコールじゃなくなったのって




私なんかを好きって言ってくれるなら
そのことに対して
めっちゃありがとうって思う。



その気持ちを返さなきゃって思う人と
そうじゃない人といるけど
返さなきゃって思ったら
好きなんかなぁ



よく分からん
よく分からんけど
波風立ってない今の気持ちは
安穏としてるし
別に今のままで良いし



とりあえず
今の私を責めるようなことはしてほしくない
色々きかないで欲しい


やだぁ

ストールが電車のドアにはさまったまま…


苦しくて一瞬死ぬかと思ったよ


今は恥ずかしい…
お外からみたら、ピンクの布がヒラヒラしてるんかな…


穴を掘ってでも入りたい


火傷のあと


火傷のあとが残っちゃうかも(涙)
最悪…


なんかついてないときはついてない…



私…無理…
無理だもん…
近くにいるときは
しばらく会わなくても平気やったけど
遠くにいるって思っただけで
不安になるぅ……


SoftBank


ついにSoftBankユーザーになっちゃった☆


遠くに離れていっちゃう大切な友達
SoftBankで無料通話☆

淋しくないよ



うそ(涙)
めっちゃ淋しい



昨日の今ごろは一緒に居たのにね…
大人になるって距離が出来ることなのかなぁ…
あの頃のままじゃいられない


でも私たち大人になったから
出来ることも増えたよね


ホーム | 次のページ»
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。